こんにちは、プラスクラスインターンの松原です。

本日は、ちょっと真面目なタイトルです。
僕が上京して最も感じたGAPについて書きたいと思います。

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僕が感じたGAP。それは、”浪人”に対する考え方の違いです。

上京した手の頃、新歓で会った大学の同級生と高校時代のことで話していた時です。
彼がサラッと言った言葉に僕は東京と田舎の間にあるとてつもない距離を感じます。

「俺は東大と早慶しか受けてない」

・・・ハア?あー、そーなん。

イラつきを隠しつつ、話を聞くとその真意を理解できました。

「(浪人覚悟だったから)俺は東大と早慶しか受けてない」

僕は、高校卒業まで岐阜で育ち、大学進学を機に上京しました。
通っていた高校は、岐阜県の中で5番目の進学校というかなり微妙なレベルの高校です。
同級生には、大学進学をした人もいれば、就職した人もいます。

そして岐阜県の田舎町、塾はありましたが、都会にあるような有名なものはありません。
ほとんんどが個人経営です。

そんな環境の中、僕の高校には浪人という選択肢を考える生徒は誰一人いませんでした。
現役で進学するのが当たり前でした。何の疑いも無く、全員が滑り止めを受けます。

そんな環境で育った僕にとって浪人することはとてつも無く大きな選択であり、
身近にある選択肢ではなかったのです。

彼は、続けます。「東京の有名な高校だと浪人するのは当たり前だよ」

当たり前。

「僕の高校では、3年間部活を一生懸命やって、1年浪人して志望大学に入るのが一般的だよ」

一般的。これは、大きくまた重要な違いだと思います。

志望大を落ちた場合には、滑り止めの大学へ進学する。
滑り止めに落ちた時に初めて浪人という選択肢をリアルなものとして捉えることができます。

そして、浪人中に目指すのは自分が現役時代に落ちた大学です。

一方で、東京の(もちろん一部だとは思いますが)高校生は、
志望大を設定して、部活引退後に勉強を始め、現役時代は記念受験に近い(?)
落ちても次の1年間を見越して合格までのプランを考える。

この「次」が有るか無いか。1年2年のビハインドなんて大した問題にはならないことを
大学生になって実感した自分にとって、浪人という選択を前向きにできる環境は羨ましく感じます。

タイトルにある通り、この点田舎の学生は、(特に僕の地元では)
「現役にこだわるあまり」と言うより、
「現役で大学進学」が正しく「浪人」は間違いとさえ思えるような空気が存在し、
それが大勢であることから、完全に機能停止しています。

もったいないなと感じる部分です。
人生ってもっと長い目で見ていた方がきっと楽しいのではないでしょうか。

さて、ここまで長々と浪人についての認識の違いについて書いてきましたが、
同じような「大勢に流されるという機能停止」皆さんの周りにはありませんか?

もしかしたら、それは否定した方が、正しいと思える結果につながるのかもしれませんね。